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広島高等裁判所松江支部 平成2年(ネ)73号 判決

控訴人 妹尾摸人

右訴訟代理人弁護士 高橋敬幸

被控訴人 樋口虎雄

右訴訟代理人弁護士 前田正規

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人から控訴人に対する鳥取地方法務局所属公証人森本湊作成昭和六〇年第三三一五号金銭消費貸借契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。

2  被控訴人は控訴人に対し、金三三一万四九一三円及びこれに対する平成元年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じて、これを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項2にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  主文第一項1と同旨。

3  被控訴人は控訴人に対し、金三九八万四二四三円及びこれに対する平成元年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決二枚目裏三行目の「利息遅延損害金を」を「利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセントと」と改め、八行目の次に改行して「(三) 光雄は右債務の履行を担保するため、その所有する原判決添付物件目録一ないし五記載の各土地につき、抵当権を設定するとともに譲渡担保予約を締結し、被控訴人のため鳥取地方法務局米子支局昭和六〇年七月一〇日受付第一四一二七号抵当権設定登記、第一四一二八号所有権移転請求権仮登記を了し、同目録六記載の建物につき、譲渡担保契約を締結し、被控訴人のため同日受付第一四一二九号所有権移転登記を了した。」を加える。

2  同三枚目表四、五行目の「被告」を「控訴人」と改め、七行目の「開始され、」の次に「平成元年七月二七日現在、」を加える。

3  同四枚目表一一行目の「本訴状送達の日の翌日」を「不法行為日以後である平成元年八月二〇日」と改める。

4  同四枚目裏五行目の「翌日」の次に「である平成元年八月二〇日」を加える。

二  控訴人の当審における主張

1  控訴人は、本件貸金契約は光雄と仁司を連帯債務者とするものであり、光雄は被控訴人に対し、右債務を担保するため、原判決添付物件目録記載の各不動産全部につき担保権設定契約を締結したものと信じて本件連帯保証契約を締結したものであるが、後になって光雄は連帯債務者ではなく、また、右担保権設定契約を締結したこともないことが判明した。したがって、控訴人の本件連帯保証契約の意思表示は、その重要な部分に右に述べたような錯誤があり、無効である。

2  被控訴人は、昭和六一年一二月二五日、光雄及び仁司との間で、本件公正証書に基づく光雄及び仁司の被控訴人に対する債務は二〇〇万円であることを確認し、右金額を超える部分は免除する旨の訴訟上の和解(鳥取地方裁判所米子支部昭和六一年ワ第一三一号事件)をした。したがって、保証債務の付従性により、控訴人の責任も右限度に減縮した。

3  光雄は被控訴人に対し、昭和六一年一二月二五日、2の二〇〇万円の内金として三〇万円を支払った。

三  控訴人の当審における主張に対する被控訴人の認否等

1  控訴人の主張1は争う。

2  同2は争う。控訴人主張の訴訟上の和解には、「本和解条項に基づく光雄の被控訴人に対する本件公正証書記載の債務の一部免除の効力は、光雄及び仁司以外の債務者に対する被控訴人の債権には影響を及ぼさない。」旨の特約があるから、保証債務の付従性は排除されるものというべきである。

3  同3は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(本件公正証書の存在及びその記載内容)は当事者間に争いがない。

二1  本件貸金契約及び連帯保証契約について

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

控訴人は、光雄と仁司が、昭和六〇年七月九日、連帯して、被控訴人から、六〇〇万円を本件公正証書記載の弁済期、利息、遅延損害金の約定で借り受けるものとして、既に連帯債務者として光雄名義の署名押印、仁司名義の署名のある前記金銭借用証書及び公正証書作成用の委任状の連帯保証人欄に署名押印し、もって、被控訴人に対し、光雄と仁司の被控訴人に対する右連帯債務につき、両名を一括して連帯保証する旨の意思表示をしたものである。

なお、抗弁2は当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

仁司は、父親である光雄に無断で、光雄と仁司を連帯債務者とし、光雄の所有である原判決添付物件目録記載の各不動産を担保として提供することにより、被控訴人から六〇〇万円を借り受けることとし、前記金銭借用証書及び公正証書作成用の委任状のほか、担保権設定登記手続に必要な委任状の光雄作成名義の部分に光雄の氏名を記入するとともに、名下に光雄の実印を盗捺し、昭和六〇年七月九日、情を知らない被控訴人に対し、右書類等を交付し、これを受領した被控訴人は、六〇〇万円を本件公正証書記載の弁済期、利息、遅延損害金の約定で貸し渡すこととし、仁司に対し、同日四〇〇万円を、翌々日である一一日二〇〇万円を交付し、担保権を確保するため、本件公正証書記載のとおり登記手続をした。

なお、《証拠省略》中には、光雄に意思確認をした旨の供述部分があるけれども、右確認の相手は光雄になりすました控訴人であると供述するものもあり、曖昧であり、信用できない。

《証拠省略》によれば、光雄及び仁司は、昭和六一年一二月二五日、被控訴人との間で、本件公正証書に基づく光雄及び仁司の被控訴人に対する債務は二〇〇万円であることを確認し、光雄は被控訴人に対し、内金一〇〇万円を支払う旨訴訟上の和解(鳥取地方裁判所米子支部昭和六一年(ワ)第一三一号事件)をしたことが認められるが、一方、右和解において、本件公正証書記載の担保権の抹消登記手続をする旨約しており、また、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、右和解時、控訴人に対する債権強制執行により約一〇六万円の回収をしているのみであること、光雄と仁司は親子であることを考慮すると、右和解の成立をもって、仁司が光雄に無断でした旨の右認定を左右するものということはできない。

その他、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、光雄と被控訴人間の本件貸金契約及び担保権設定契約は、光雄の意思に基づくものではないから、無効というべきである。

2  錯誤無効について

控訴人は、本件貸金契約は光雄と仁司を連帯債務者とするものであると信じて、両名を一括して本件連帯保証契約を締結したものであるが、後になって光雄は連帯債務者ではないことが判明したから、控訴人の本件連帯保証契約の意思表示は、その重要な部分に右に述べたような錯誤があり、無効である旨主張するので、以下検討する。

前認定のとおり、控訴人の本件連帯保証の意思表示は、光雄及び仁司が連帯債務者であり、両名を一括して保証するものであることを前提とするものであるにも拘わらず、光雄が被控訴人と締結した旨の本件貸金契約は無効であるところ、《証拠省略》によれば、当時、仁司はみるべき資産を有しないのに対し、光雄は担保権を設定する資産を有していたものであり、《証拠省略》によれば、控訴人は、当時、光雄、仁司と面識はなく、一度は断ったものの、面識のあった丸山道則の再度の依頼により、かつ、右丸山から、光雄も連帯債務者であり、その所有する原判決添付物件目録記載の各不動産につき担保権を設定する旨の説明を受けたことから、光雄及び仁司を一括して本件連帯保証の意思表示をしたものであるから、主債務者が仁司のみであるか、光雄を加えた両名であるかは、本件においては人違いに準じ、意思表示の重要な部分、すなわち民法九五条の「法律行為ノ要素」に該当するものと解するのが相当である。

そこで、控訴人が、光雄の本件貸金契約が無効であることを知っていたか否か検討するに、《証拠省略》によれば、控訴人は、当時、仁司が、光雄に無断で、光雄、被控訴人間の本件貸金契約を締結したものであることを知らなかったものであると認められる。

なお、《証拠省略》によれば、仁司及び被控訴人は、昭和六〇年七月九日ころ、被控訴人が光雄に意思確認するため電話をした際、仁司及び丸山から事情の説明を受けた控訴人が光雄になりすまして応対したと供述し、被控訴人は、右事実を仁司、丸山のみならず控訴人からも同年一一月ころ聞いた旨述べ、丸山は、控訴人に対し、謝礼として一〇万円を渡した他、一〇万円を貸し渡した旨覚書に記載し、仁司も同趣旨の供述をしているけれども、控訴人は、これを否定するとともに、同年七月九日ころ、被控訴人と電話で話したことは認めるが、その話の内容は保証意思及び担保物件の価値の確認であった、また、同年一一月ころ、被控訴人と面談したことは認めるが、その話の内容は被控訴人が控訴人に対してした給料等の債権差押の取下げを要請したものであると供述するものであり、仮に、仁司、丸山、被控訴人の述べるところが事実であるとすれば、控訴人は、光雄に本件貸付契約及び担保権設定契約の意思がないことに気付き、連帯保証人になることに躊躇を覚える筈であるにも拘わらず、本件連帯保証契約を拒否していないし、右程度の報酬等で、仁司、丸山に対し、本件連帯保証契約をしなければならないような義理も窺えないし、そもそも、控訴人自身が、被控訴人に対し、自己に不利になるような事実を暴露しなければならないような事情も窺えないことに照らすと、右替え玉電話に関する供述等は到底信用することはできない。

その他、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、控訴人が被控訴人と締結した本件保証契約は、その要素に錯誤があり、無効というべきであり、本件公正証書に基づき、控訴人に対し、強制執行をすることは許されない。

三  不法行為に基づく損害賠償請求について

控訴人は、被控訴人は、控訴人に対し、本件公正証書により強制執行できないことを知りながら、実行した旨主張するので、以下検討する。

1  請求原因2(一)(2)、(3)(債権差押及びその配当)は当事者間に争いがない。

2  光雄が被控訴人と締結した旨の本件貸金契約が無効であることについて

前認定のとおり、被控訴人も、光雄が被控訴人と締結した旨の本件貸金契約は有効であると信じていたものであるから、この点に関する不法行為の主張は採用できない。

3  確実な担保があると誤信した錯誤について

控訴人は、再抗弁1ないし4のとおり主張するけれども、確実な担保があると誤信してした保証契約は、特段の事情(保証人が特に条件として保証契約を締結した場合)のない限り、原則として動機の錯誤に過ぎず、無効ということはできないというべきである。

そこで、本件において特段の事情があるか否か検討するに、《証拠省略》によるも、控訴人が本件連帯保証契約を締結する趣旨で署名押印した金銭借用証書には単に「担保物件(別登記譲渡担保設定)新井光雄所有居宅一件、宅地五件、田二件」という記載があるのみであり、公正証書作成用の委任状には何らの記載もないから、特に条件としたということはできず、《証拠省略》によれば、控訴人は被控訴人に担保物件の価値を確認したというにとどまるものであるから、特に条件にしたということはできない。

したがって、この点に関する不法行為の主張も採用できない。

四  担保保存義務違反について

控訴人は、請求原因4のとおり主張するけれども、前認定のとおり、光雄が被控訴人と締結した旨の本件貸金契約及び担保権設定契約は無効であるから、採用できない。

五  不当利得金返還請求について

前記二1、2、三1説示のとおりである。

したがって、被控訴人は控訴人に対し、右不当利得金三三一万四九一三円及びこれに対する遅延損害金を返還する義務がある。

六  以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は、被控訴人から控訴人に対する本件公正証書に基づく強制執行の不許、不当利得金三三一万四九一三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな平成元年八月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容すべきものであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よって、本件控訴は一部理由があるから、原判決を右の限度で変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 渡邉安一 渡邉了造)

〈以下省略〉

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